オレの愛しい王子様

第14話 大切な友達

「あけましておめでとう」
 駅前で待っていた東條は、翼と創真が連れ立ってやってきたことに気付くと、どこか気まずげな笑みを浮かべて年始の挨拶をした。翼は何でもないかのように笑いながら同じ言葉を返し、創真はその隣で会釈をした。

 元日、三人で初詣に行こう――。
 そう提案したのは翼だった。よりによって拉致事件の首謀者と動機が明らかになったあのあとに。東條は渋っていたが、翼が待ち合わせ場所と時間を決めてしまったので断れなくなったのだ。
 合流した三人は予定どおり電車でとある有名な神社へ向かう。神社の最寄り駅はすでに参拝客と思しき人々であふれかえっていた。境内はさらに混雑していて思うように歩くことさえ難しい。
「ちょ……うわっ!」
 創真はうっかり人波にのまれて翼と東條の姿を見失ってしまった。探そうにも人の流れに逆らって進むのは困難だし、小柄なのでまわりを見渡すこともできない。人混みに揉まれながらわたわたとしていると――。
「見つけた」
 その声と同時に手をつかまれる。
 振り向くと、そこには思ったとおり翼がいて安堵の表情を浮かべていた。その後ろで東條もほっとしている。しかし三人ともすぐに人の流れに押されるように歩き出した。
「急にいなくなるから驚いたぞ」
「オレも……」
 手は翼に握られたままだ。
 また迷子にならないようにということだろうが、むずがゆいような照れくさいような気持ちになり、火照った頬を隠すようにマフラーに顔を埋めていく。冷えていた手もじわじわと熱を帯びてきた。
 やがて人の流れが止まると手を離された。急にすうっと冷たい空気が通りすぎていくのを感じて、何か無性に寂しくなる。隣に目を向けると、翼はつま先立ちになりながら前方の様子を窺っていた。
「けっこう並んでいるな」
 この先が賽銭箱らしいが、たどり着くまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。
 にもかかわらず三人とも黙りこんでしまった。いつもなら翼があれこれと話を振ってくるのに、今日はやけにおとなしい。東條も遠慮がちに見える。やはりクリスマスの日のことが影響しているのだろう。
「そろそろ賽銭の準備をしておけよ」
 長い沈黙のあと、思い立ったように翼が口を開いた。
 だいぶ賽銭箱に近づいたのだろう。背の低い創真からはまだよく見えないが、小銭がぶつかるような音はすでに前方から聞こえている。財布を開け、五円玉がなかったので十円玉をひとつ手にとった。
 最前列にたどり着くと、賽銭箱の代わりに大きく白布が広げられているのが見えた。みんなそこに賽銭を投げ入れている。こんなので本当に御利益があるのだろうかと疑問に思いつつ、創真も十円玉を投げ入れた。
 これ以上、悪いことが起きませんように――。
 もう二度とあんなことは起こってほしくないし、翼にも、東條にも、二度とあんな思いはしてほしくない。神様なんて信じていないのに、このときばかりは両手を合わせて真摯に願いをかけた。
 ちらりと隣を窺うと、翼はまだ目をつむったまま両手を合わせて祈っていた。その端整な横顔は、雲の切れ間から降りそそぐ光の加減でとても神秘的に見える。栗色の髪もやわらかく光り輝いていた。
「行こうか」
 翼はそっと目を開けると、小さく微笑みながら両隣のふたりにそう声をかける。創真も東條も無言で頷き、翼のあとを追うように白い賽銭入れのまえから退いた。

「なあ、俺、おみくじ引いてみたいんだけど」
 東條がそう言うので、三人でおみくじを引くことになった。
 彼はずっと海外暮らしだったのでおみくじを引いたことがないという。初詣もこれが初めてらしい。日本に帰ると決まって楽しみにしていたなんて話を聞かされたら、つきあうしかないだろう。
 創真は何年か前に一度だけおみくじを引いたことがあるが、そのときは末吉だった。凶は入っていないところも多いようなので実質最下位だ。それより悪いものは出ないよなと気楽に引いたが。
 凶――。
 そのうえ、願いごとは「破れる恐れあり」、旅行は「波乱あり」、学問は「自己の甘えを捨てよ」、恋愛は「身の程をわきまえよ」などと書いてあり、たかがおみくじと思いつつも落ち込んでしまった。
「うわっ、凶なんて初めて見たぞ」
「本当にあるんだな」
 ひとり嘆息していると、翼と東條が両脇からおみくじを覗き込んで声を上げる。ふたりとも興味津々で面白がってさえいるようだ。創真は口をとがらせ、おみくじを胸に抱え込むように隠しながらじろりと睨む。
「おまえらはどうだったんだよ」
 それを受けて、ふたりはそれぞれ手にしていたおみくじを掲げる。
「僕は大吉だ」
「俺は中吉」
 思わずぐぬぬと歯噛みしてしまった。
 それでも――やはり、ふたりにはこのおみくじどおりいいことがあってほしい。清々しいくらいに得意満面の翼や、どこか申し訳なさそうな東條を見ながら、創真はひそかにそう願った。

「そういえば親子鑑定の結果が出たんだけど、聞いたか?」
 電車で地元に戻り、駅前の横断歩道を渡り終えたところで東條がそう切り出した。まるでよもやま話でもするかのような気楽な口調で。創真はどきりとして思わず顔をこわばらせてしまったが、隣の翼はすこしも動揺していない。
「ああ、きょうだいだったな」
 肩をすくめて苦笑しながらそう答える。
 どうやら東條茉美が主張したとおりの結果が出たらしい。東條圭吾の生物学上の父親は西園寺征也で、戸籍上の父親とは血のつながりがなかったということだ。つまり翼とは異母兄妹になる。
「俺、翼のことが好きだったんだけどな」
 つられるように苦笑して東條はそう軽くこぼした。
 しかしながら翼にとっては青天の霹靂だったに違いない。驚いたように振り向くと、そのまま彼の横顔を見つめてうっすらと眉をひそめる。
「それは恋愛感情があったということか?」
「ああ、諫早くんは前から気付いてたよな?」
「ん、まあ……」
 いきなり水を向けられて、創真は若干うろたえながら曖昧に肯定した。気付いたのはあくまで東條の言動がわかりやすかったからだ。しかし翼はいまだに信じきれないような複雑な顔をしている。
「そう、か……まさか創真につづいて圭吾までとはな……」
 ――おい!
 わざとではないだろうが、さらりと暴露されていたたまれない気持ちになる。翼への想いは以前から気付かれていたように思うので、いまさらかもしれないけれど、その想いを告げたことまでは知られていなかったのだ。
「えっ、諫早くん告白してたのか?!」
「告白というかほとんどブチ切れていただけだが」
「ブチ切れて……って、諫早くんが……?」
「ああ、それで僕もついブチ切れてしまってな」
「は??」
 聞けば聞くほど状況がつかめなくなったのだろう。東條はいくつもの疑問符を頭の上に浮かべて混乱していた。しかし翼は気にも留めず、思いを馳せるようにふっと表情をゆるめて鈍色の空を仰ぐ。
「創真と恋愛や結婚なんて考えたこともなかったし、考えたくもなかった。でも冷静になって考えてみると、どうせ誰かと結婚しなければならないなら創真がいいんじゃないかって。まだ気持ちの整理がついていないからすぐには約束できないが、その方向でと思っている」
 そう言うと、こちらに振り向いて返答を求めるように見つめてきた。
 もちろん異論などあるはずもなく創真はこくりと頷く。気持ちの整理がついていないというのは綾音のことだろうが、いますぐ想いを捨てろなんて言うつもりはないし、何ならそのままでも構わないと思っているくらいだ。
「そうか……」
 暫しの沈黙のあと、東條が吐息まじりの声を落とした。
「そんなことになってるなんて思わなかったから驚いたけど、諫早くんなら翼を大切にしてくれるだろうしよかったよ……これで心置きなく転校できる」
「転校?」
 翼が怪訝に聞き返すと、東條はちらりと横目を向けて曖昧な微笑を浮かべた。
「俺たちの親のあいだにあったこと、俺の母親が翼にしたことを考えたら、これまでどおりってわけにはいかないだろう。すぐには無理だけど、二年生からどこか別の高校に転校しようと思ってる」
 創真は声もなく驚き、気付けばいつのまにか足が止まっていた。
 隣を歩いていた翼も同じく絶句して呆然と立ちつくしていたが、やがて我にかえると、何か思案をめぐらせるようにそっと眉を寄せて東條に振り向く。
「もしかして西園寺の人間が命じたのか?」
「いや、俺がひとりで考えて決めたことだ」
「おまえの両親はどう言ってるんだ」
「これから話すけど賛成してくれると思う」
「……それは、そうかもな」
 確かにそこは否定できないだろう。息子の意思を無視してまで転校させることはなくても、息子が自ら転校したいと言い出せば喜んで賛成しそうだ。そうなれば止めるのは難しくなる。
 だが、いまはまだそうなっていない。
 それゆえか翼もまだあきらめてはいないようだ。気合いを入れなおすようにひっそりと表情を引きしめ、どこか挑発的な目つきになりつつも、あくまで冷静な態度を崩すことなく追い込みをかける。
「けれど、本当にそれはおまえの本意なのか?」
「……ああ、俺自身が望んだことだ」
「僕と顔を合わせるのが苦痛だから転校したいと」
「そうじゃない!」
「だったら納得のいく理由を聞かせろ」
 東條は目をそらすが、それでも翼はじっと追及のまなざしを向けたままだ。絶対に引き下がらないという強い意志を感じる。東條も沈黙したところで逃れられないと悟ったのか、渋々ながら口を開いた。
「俺がいたら、翼がいつまでたってもつらい事件のことを忘れられないだろう」
 つまり、拉致事件の首謀者の息子であり西園寺征也の罪の証でもある東條がいたら、翼はずっと心の傷を癒やせない。だから自分が翼のまえから姿を消さねばならないと考えたようだ。
 けれど、それを聞いて当の翼はあきれたように溜息をついた。
「そんなことだったとはな」
「そんなことって……」
「悪いが、僕はそんなに繊細な人間じゃないんでね。されたことを思い返すとはらわたが煮えくりかえるが、泣いたりはしていない。だいたい、事件に関与したわけでもないおまえを見てもいちいち思い出さないし、おまえがいなくなったところで家には元凶である父がいるんだが」
 東條はグッと言葉を詰まらせた。それでもまだ素直に受け入れられないのか、純粋に心配なのか、迷うように惑うようにかすかに瞳が揺れている。
「だけど……やっぱり俺は……」
「もういいだろ!」
 そう叫んだのは、第三者であるはずの創真だった。
 自分は部外者だからと口をはさまないようにしていたのに、あまりにもどかしくて腹立たしくて堪えきれなくなり、爆発してしまったのだ。
「転校なんてやめろよ! 翼が望んでないのに翼のためだなんてただの自己満足だ! 翼の気持ちを考えろ! オレだって嫌なんだよ! せっかくちょっとは仲良くなれたような気がしてたのに、こんな形でいなくなるなんて! 翼ならオレがついてるからおまえは心配すんな!!!」
 堰を切ったように全力でぶちまけて顔を上げる。
 ふたりは唖然としたまま時間が止まったように固まっていた。息もしていないのではないかと思うほどに。気まずい沈黙が流れる。やがて創真の額にじわじわと汗がにじんできたころ――。
「諫早くんがブチ切れた」
 東條がぽつりとつぶやいた。
 一拍の間のあと翼がはじけるように笑い、東條もつられて笑い出す。何もそんなに笑うことはないのにと、創真は気恥ずかしさを感じつつ口をとがらせた。
「転校、やめるのかやめないのかどっちだよ」
「やめるよ」
 さすがにここまで清々しく翻すとは思わなかったのですこし驚くと、東條はきまり悪そうにはにかみながら「諫早くんの気持ちを無下にはできないし」と言い添える。もちろんそれが単なる口実でしかないことはわかっているけれど。
「もう二度と転校とか言うなよ」
 そう言いながら、マフラーに顔を埋めるようにうつむいて足早に歩き出す。
 ときおり吹く北風はとても冷たいし、ちらちらと雪も降ってきたが、それでも熱く感じるくらいに顔が火照っている。それに気付いたのかふたりは吹き出すように笑い、すぐに小走りで追いかけてきた。

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